経験論がなぜ人間不信を生み出すのか。

 経験論は、人間不信を生み出す。ジョン・ロックが言うように経験論は、人間がタブラ・ラサtabularasa(白紙)の状態で生まれ、そこから経験によって思考というものを発展させるのだと解く。逆に言えば、人間の思考は経験によっていくらでも左右される、一貫した芯のある思考を持った存在ではないということである。虐待によって自分の子どもを殺した母親が、まだお腹の中にいる子供が生まれるのを楽しみにしていると発言している例もある。自分の子供が殺すべき存在であるならば、今身ごもっている子供もまた殺すべき存在であるだろうと、合理論的に考えればなるはずである。合理論的に考えれば、人間には一貫したものを持った存在であるはずである。そうならば以前の子供が虐待するべきどうしようもない存在であったとき、今自分が身ごもっている子供もどうしようもない存在であると考えるのが妥当である。しかし児童虐待をした母親は、前例を無視して次の子供の成長を楽しみにしているなどと考える。これはこの母親が経験論的に考え、人間の思考には首尾一貫したものないと考えている証拠に他ならない。経験論は、人間不信を生み出し、経験論が、児童虐待を産み出すのである。

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経験論と合理論

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児童虐待は、経験論的人間観による